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        「主婦年金」救済策の不条理

   ―1月に始動した「第3号被保険者切り替え漏れ」救済に関して―

                         (2011年2月上旬)


 あっと驚く大胆な措置だけど禁じ手なのでは、と瞬間的に感じた。年金記録回復委員会(131日)の場でなされた厚労省の報告に関するニュースに接した時だ。テーマは、「国民年金第3号被保険者切り替え漏れ」への対処策だった。
 第3号被保険者とは、 国民年金の加入者の中で、厚生年金・共済組合に加入している2号被保険者に扶養されている配偶者(20歳以上60歳未満で年収が130万円未満)を指す。現在数は1,021万人で、サラリーマンや公務員の夫を持つ専業主婦がその圧倒的部分を占めている。彼女らの場合には(まだまだ少数派の「専業主夫」であっても)、自分で保険料を払わなくても国民年金に加入でき、老後に基礎年金を受け取れることになっている(いわゆる「第3号被保険者制度」)。
 しかし、夫が自営業に転職したとき、離婚したとき、自分の年収が130万円を超えたときなどには、妻の第3号の資格は失われる。だから、妻は市町村に届け出をして、第3号から第1号被保険者に切り替わり、保険料納付の義務を負うことになる。
 さて、厚労省が1月末に明らかにしたところでは、変更の届け出をせずに第3号扱いのままになっている人が、なんと数十万人から100万人もいるとのことだ。そうした切り替え漏れの人たちは、本来なら第1号として払わなければならなかった保険料を払わずに今日にいたっている。
 となると、切り替え漏れの処理方式が従来どおりだとした場合には、将来、低年金や無年金になる人が大量に出る事態を避けられない。ちなみに従来の方式では、年金受取り手続きの際などに第3号からの切り替え漏れが分かると、直近2年分の保険料支払いを求め、それ以前の保険料は未納扱いとされていた。年金をもらうためには最低25年間、満額受給なら40年間の納付が必要とされるので、未納期間次第で減額受給になったり、悪くすれば無年金になったりする。事実、昨年末までそうした憂き目をみる人が後を絶たなかった。
 切り替え漏れの重大さに気づいた厚生省は、「旧社会保険庁の周知活動も不十分だった」と認めつつ、今年になって救済措置を講じだした。直近2年間分の保険料を納付すれば、支払っていない期間がそれ以上あっても加入記録に応じた年金額を支給する、というものだ。つまり、昨年末まで未納扱いとされてきた期間が、「運用3号」の名のもとに、第3号の資格が継続していた期間とみなされることになったのだった。
 過去の未納分のうち2年分は払わなければならないが、それ以前については納付済みとして扱ってもらえる――該当者にとっては有難い「徳政令」に違いない。こんな救済措置を日本年金機構が今年1月から運用し始め、すでに770件を窓口で受け付けた事実を知ったとたんに、「正直者は損をする」の諺が頭に浮かんだ。その次の日に、「正直者が損をする状況」への怒りを表明した「朝日新聞」の社説(「主婦の年金――この不公平は許されない」、2月2日付)を目にし、思いは同じだと感じた。もっとも、行政のPR不足のために手続きの必要を知らなかった人が「不正直者」だというわけではなく、「うっかり者」呼ばわりでさえ酷かもしれないが。
 改めて念押しするまでもないが、夫の脱サラ時などに所定の切り替え手続きをきちんと済ませ、長年ずっと保険料を払い続けてきた人たちにしてみれば、「2年分で全納扱い」の救済措置に不公平感を抱くほうが、むしろ自然だろう。また、すでに年金記録の間違いがわかって第3号の第1号への訂正を済ませてしまった人たちが救済の枠外に置かれるのも、別種の不公平だと言える。さらに、今回の措置を知って、切り替え手続きを意図的に先延ばししようとする不届き者さえ現れるかもしれない。そこまでになれば、れっきとしたモラルハザードだ。
 第3号被保険者切り替え漏れの人たちをそのまま放置しておいて良いわけはない。しかし、救済措置が新たな不公平を生み出すようでは、かえって年金制度への不信が高まる恐れもなしとしない。
 マスコミ等の不公平の指摘を受けて、総務省の年金業務監視委員会が近く開く会合で、今回の措置を見直す必要があるかどうかを検討する予定だとか(23日のNHKニュース)。たとえば、「運用3号」とされた期間を、カラ期間(年金の支給額には対応しないが保険料を収めていたものとみなす合算対象期間)とするほうが望ましい、といった再検討の方向性に関する意見が聞かれる。必要なら、自主申告制や第3号被保険者制度そのものの改変まで射程に入れて、正直者や律義者が不利を被らない知恵をしぼり出してほしいと期待する。
 「消えた年金」では、保険料を支払った覚えがある人でも、証拠が残っていなければなかなか納付したとは認めてもらえないらしい。それなのに、主婦年金救済となると払っていないことが明白なのに納付済みの扱いにしてもらえるのは、いったいなぜなのか。前者は社保庁のミスが原因、後者の場合は行政のPR不足も一因だが直接的には本人のミス――その違いが厚労省の姿勢の柔軟性に影響しているのだろうか、と変なかんぐりもしたくなる。
 なお、老齢基礎年金では第3号被保険者の届け出漏れに対する救済措置が講じられているのに、障害年金には救済措置がない。同じ国民年金なのに、これは明々白々の不条理だと考える。      


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